2009年1月31日土曜日

川口浩探検隊

仕事が終わった後に飲んでいたら、テレビ番組の話になり、私が知らない番組がまだあった。
みんなに「知らないの~!」と言われた「水曜スペシャル 川口浩探検隊」。

細:「関口宏って探検隊もやってたんですか?」
A: 「違うわよ。“川口浩”よ。」

細:「水曜スペシャルって・・・」
A: 「それが、スペシャルなの!」

細:「YouTubeで調べてみまーす。」
A: 「とにかく、スペシャルだから、見てみて!」

ということで、見てみた。
今放映したら間違いなくヤラセ問題になっただろうが、ここまでだと逆に面白い。



あとは、「野生の王国」という番組。この番組は、見たことはある気がするが、あまり記憶にない。



あとは、「兼高かおる 世界の旅」

2009年1月26日月曜日

旅香港7 ~ 気温20度→気温‐5度

結局新年を迎えた日、カナヤン先生が激しく酔っ払っていて、帰りの地下鉄はかなりスゴイことになっていたが、無事家に着いた(朝5時)。

で、カナヤン先生とクン殿は朝方それぞれ空港に向けて出発し、ミツコ殿とトニーと僕は昼に九龍駅でランチを食べてから、別れた。あっという間だったけど、ホントに楽しかったし、やっぱり日本にはない香港は勢いがあると思った。(台湾に行ったときも同じような感想を持ったが。)

ホントに楽しかった~。で、飛行機の中では、行きに見そびれた「マンマミーヤ」を見て帰ってきた。再び成田でカナヤンに会い、成田→仙台の夜行バスに乗り、翌1月2日朝5時半に仙台駅に到着した。ところが、めちゃくちゃ寒い。朝、カナヤン先生と、とりあえず暖を取るため、朝マックし、その後白石温麺を食べ、鈍行で盛岡へ。盛岡は氷点下。前日までの香港とは真逆の気候だ・・・。午後2時にようやく旅路が終わり、じっかに到着~。

すごく楽しい香港旅行だったぜい!(完)

旅香港6 ~ 年越しは突然に・・・

この日、香港は大晦日を迎えていたが、ここは旧暦なのでこの日も普通の一日。で、朝カフェに行き、そのあとちょっとよさげなブランチをし、そのあと香港のフツーなスーパーで買い物し、夜からトニー家で水炊きを御馳走になった。(香港の鍋旨い!)それから、カウントダウンを祝いに、ランカイフォンに繰り出すが、人・人・人!

で、この前のバーに入って、なぜかナンパをすることに!しかも中国語で。(というか、英語が通じず!)案の定、話せる私の言葉は「自分の名前」「私は日本人です」「中国語を勉強しています」ぐらいだったので、即効撃沈。でも、写真が撮れたからよしとしよう。(自己満足)

と、そんなことをやっていると12時近くに(といっても新年の10分ぐらい前)。みんなが通りに出てきてサッカー観戦並みに騒いでいる。で、時計を見ても11時55分ぐらいなのに、どこかで「ウォー!」と言ったら、みんなが新年になったものと勘違いして「ウォー!! ウォー!!」と叫び始め、ちょっとフライング気味に2009年がスタートした。たぶん、あそこにいた95%の人は、間違ったタイミングで新年になったものと思っていたに違いない。 でも12時過ぎたらさすがに花火が打ちあがったので、名実ともに2009年に入ったことが分かった。 僕の人生で、結構新年の迎え方と元旦の日の過ごし方にその年の雰囲気・勢いが表れている気がするのだが、今年はそんな意味では「勢いよくなんか出来てしまう年」なのかな、と思った。

幸先よいスタートかも?

旅香港5 ~ マカオでマカ男に会う

この日は朝からマカオ。でも、なんとフェリーが昼。というのも、まずフェリーチケット売り場で並ぶほかに、私があさパスポートを家に忘れてしまったため、取りに戻ったのが時間のロスになってしまった!

で、昼のフェリーでマカオに行ったが、距離がそんなに離れていないのに、マカオはポルトガルの影響を多大に受けており、街並みがラテン。壁が薄い黄色に塗られていたり、青かったり、かわいいのだ。そこら辺を散策し、ポルトガル料理屋でポルトガル料理を食し、St.なんとか聖堂の跡地(いわゆるマカオと言えば、の場所)に行き、ぐるぐる回っていたら、なんだか風邪気味に。(多分寒かったのと、新しいJack Spadeのカバンが合わなかったのと、連日の遊び疲れ!?)

で、クン殿とミツコと回ったのだが、途中で、激ハイテンションのマカオの高校生(通称「マカ男」君)に会った。初めは「写真を撮ってくれ」という会話からスタートしたのだが、「どこから来たのか?」という話から、永遠に話し続け、カナダだったかオーストラリアの高校に行っててマカオに帰ってきたが、話し相手がいないので、是非友達になりたい、とかそんなことだったような。。。(忘れた)悪い奴じゃないが、たぶんこいつの話を聞いていると、香港に帰る終フェリーに乗りそびれる可能性も考え、強制終了。

それでも、マーガレットカフェできっちりエッグロールを食べ、スープを飲み(そしたら、このスープはたまたま、細川家で「ボルシチ(ビート入らず)」と称して食べていた、偽ボルシチにそっくりのものだった。)、体を温めて、いざカジノへ! と行ってみたものの、ルール分からず。こういうところでうまく立振舞えるような人になってみたいものだ、と思いつつ、人間観察に終わる。全然見てくれがぱっとしないおじいさんが封筒から厚い札束を出して賭けたものの、結局ほとんどスッてしまったのを見たり、ゲームの展開にやたらと騒ぐ(キャーキャーとジェットコースター張りの声)オバタリアン3人衆がいたり、激しく貧乏ゆすりをするゲーム参加者がいたり(多分負けこんでるんだろうなぁ~)、楽しかった。

で香港に帰ってきて、トニーにシシカバブ肉まんのお店と、黒ゴマジュースのお店に連れて行ってもらい、食べたが、旨い!こういうお店はやっぱ、僕たちだけじゃ探せないよなー。で、帰ってきて私は珍しくビールを飲む気力なく、寝た。

旅香港4 ~ 買い物三昧

この日は朝から飲茶@香港島(蓮香楼)に行った。すごいのは、店員が席を案内しないこと。自分で見つけなければならない。勝手がわからなかったのだが、近くの人がそう教えてくれた。我々もなんとか5人分の席をゲット。

そこへお茶のポットと湯のみが配られ、お茶を入れてくれるが、机の上にこぼれる!そんなものお構いなしに店員さんもぶっきらぼう。でも、それがここでは普通らしく、郷に入っては郷に従えで、その荒さも結構面白い。で、頼み方も、ワゴンのところに行ってしきりに自己主張しないと食べ物にありつけない!

うちのテーブルは我々5名に北京からの夫婦2名、香港の夫婦2名の計9名。最近私が習った中国語を披露だ!と思って、勇気を振り絞って「あなたは香港人ですか? 出張?それとも旅行で来たの?」と聞いたら、ちょっと通じた。そして、机の裏に掲げてあった「人生十四最」の掛け軸をさして「見てわかる?(看憧?)」と言われて「看得憧、(ハイ)是、听不憧!」(見てわかるけど、聞いて分からない。(発音が違うから))と言ったら、「そうかー!」というような顔をされた。 少なくとも、ちょっと通じたのは単純に嬉しい!




さて、そこで食べまくってから、グループに分かれ、観光。私はカナヤンとディープな香港島市場ツアーに。そこには、肉屋があったのだが、なんと豚の形がまだ残っている!そしてバケツには顔が!これは結構グロいなぁ、と思ったが、たぶんこれが普通なのだろう。

それから、そこらへんのお店を物色して、スターフェリーで九龍島に渡って、そこからすごい効率的な買い物。実は待ち合わせ時間の30分ぐらいしか余裕がなくて、ショッピングセンターの地図を見ながら、行きたいお店を2つに絞り、私はJack SpadeとBoseに行って、それぞれJack SpadeのカバンとBoseのノイズキャンセラー(これで帰りの飛行機は、騒音に気にせず楽チンに帰れる!)を買った。

で、みんなとペニンシュラホテルで待ち合わせたが、ペニンシュラホテルのアフタヌーンティーはめちゃめちゃ混んでいたので、インターコンチネンタルホテルに変更。こっちの方が眺めがよくて、素敵だと思う。そこでトニーも来て、みんなでアフタヌーンティーを楽しみ、足裏マッサージに行ってから、8時のイルミネーションに行った。

このイルミネーションもまた、スケールがデカイ!海峡を挟んで向かい側(香港島)の岸のビル群が光ったりしながら、その解説がこちら側(九龍島)で解説が流れる、というもの。これも香港のスケールのデカさだ!これに興奮しっぱなしで、ほんと楽しく夜が更けた。そのあと、「香港の秋葉原」にある旨い夜食屋に行って、更に食べる!で、それから電車で帰ったが、もう真夜中~。

またもや一日大満喫の香港だった!!!

旅香港3 ~ 香港的一日

ずっとご無沙汰していた、香港旅行記3日目!(12月28日)

28日は、朝から教会に行って広東語のミサを聞いたが、全く分からなかった・・・・。そのあと、トニー家の食事会に参加させてもらい、近くのレストランでランチ。広東語を話せなかったのがとっても悲しいー!

でもって、そのあとは一日違いで日本から来るミツコ殿や広州からくるカナヤン、クン殿を迎えに行き、香港島のお寺へ。香港の面白いのは、あんなに先端的な街の横に(少なくとも、金融業にいると、香港は何かしら絡む土地なので)、伝統的なお寺があったりすること。このdiversityが本当に面白いと思う。また、お店もとってもstylishなお店から、定食屋みたいなお店までが、密集しているのも面白い。この多様性ってなんなんだろうなぁ?と思う。少なくとも日本にはない(ように思うのは僕だけ?)。

それから、長ーいエスカレーターで、上に「登って」「降りて」きた。で、ちょっとよさげなレストランで飲み。12月なのに、ちょっと我慢すれば半袖で大丈夫なのがすごい(さすがによるに半そでは寒いかも)。それから更に夕飯!「尚興」と看板に書いていた気がするが、これがお店の名前だったかどうか。。。。それにしても、出てくる料理がみんな旨い!極めつけは、フカヒレのスープ。(2万円相当)香港の食べ物の値段は日本と比べて、安いな、と思うことが多かったから、それで2万円のフカヒレのスープは日本で言ったら、3万~4万円ぐらいはするのかもしれない。それにしても、これでもか!っていうぐらいフカヒレが入ってて、ホントに至福の時でしたー。











そしてその後さらに、ランカイフォンのバーで飲み。人の頭ぐらいはあるかもしれないヒューガルテン(ベルギービール)写真を見ると、相変わらずバカ写真だったことに、今更ながら気づきますが、これまた楽しい香港の夜!家に帰ってきて朝1時半。











ホント、香港に住みたくなってきた!

赤十字救急法

今日は会社を休んで何をしていたかというと「赤十字救急法」を学びに行っていました。これは、一般市民として、医術は資格がないためできないが、一次処置の可否がその後の負傷者の生存率を大きく左右させるため、その適切な一次処置の仕方を学ぼう、というものです。

具体的には、①心肺・呼吸停止の場合の対応の仕方、②骨折・負傷の際の対応の仕方のあくまで応急処置(専門家に診てもらうまでの、救急処置)をやります。より具体的には、今回は①に絞って、駅や公共施設にあるAEDの使い方を学びました。

それにしても、周囲の安全確認、外傷の状況確認、意識・呼吸の有無、心肺停止かどうか、AEDの使用など、この練習の場でもちょっとタジタジとなるのに、もし自分が現場にいたら、冷静にできるだろうか、と甚だ疑問。こういうことを常日頃からきちんと学んでおかないと、いざという時に人の生死に大きく関わってくるわけで、とてもためになりました。

ちょっと今年立てている計画の一つとして「スキー」と挙げているのですが、2月中旬には雪上救急法の講習を受ける予定です。もちろん、自分のスキーのレベルを上げることは当たり前のこととして、雪上でこういう場面に遭遇した時に、きちんと適切な処置をして負傷者の負傷の度合いが少しでも軽く済むよう、モラルあるスキーヤーとなりたい、と思い2月にこの講習を受ける予定です。(また、週末こういう仕事もいいかな、というのも一部では考えており・・・。)

今回は一般的な救急法を受けたわけですが、事件・事故・天災に際して、専門家が到着する前にやれることはできるだけやっておけるように、日頃から勉強しておくことは大変必要だと思います。

世界の歴史

昨日はとても実のある集まりでした。友人たち5人で世界史の本の輪読をしました。J.M.ロバーツ著「図説 世界の歴史」です。今更ながら世界史?と思うかもしれませんが、受験等からとっくに過ぎ去って、しかも教科書ではない世界史を読みながら、なぜこの時代にこのような事件が起こったか、などを考えていると、とても勉強になります。

昨日は、1800年から1900年初頭(第一次世界大戦)まででした。実は、景気循環が生まれてきたのはここ200年ぐらいの話だったとか、その背景には生産が過小だったため「作れば売れた」時代から、生産が安定化したことで「モノが飽和した」ということがあった、だとか。

大衆にメッセージを広めるための、「メディア」としての教会の位置づけ、とか、逆に印刷技術ができたことで、教会の位置づけが変わってきてしまった、だとか。(そんな中、バチカンの教皇が、You Tubeに専用サイトを作ったとか!?)

実は、この会は前々回から始まっていて、それは1600年の産業革命のころからスタートしたそうな。今更ながらすごく面白いです、世界史。僕は高校の時にあんなに歴史が苦手だったのが、まったく別人のよう。目から鱗、です。集まったメンバーがまた、熱い人たちだったのがおもしろかったのですが。

次回は「第二次世界大戦」~「近代」をやり、そのあともっと中世へ戻っていく予定ですが、やはり歴史に学び、より知識に深みをつけていきたいと思います。

2009年1月25日日曜日

あわや、自爆! その2

まさか、「その2」を書くとは思いませんでしたが、先週、またも会社で、近くのデスクの大清掃をしました。(前回と違う部署で)机の上にあった書類で、過去2か月以内に見なかったものを全部捨てました(もちろん、保存義務のあるものを除いて) そしたら、久しぶりに見た、デスクの色。。。それを見て一言:


私: いやー、ホントにきれいになりましたねー

お姉様G: えっ!わたしのこと!?

私: いや。


この時、瞬間的に機転を利かせればよかったものの、きれいな机に見とれていて、機転が利かず、ものすごく冷たく「いや。」と言ってしまいました。


お姉様G: なにそれー!?!?!

私: あっ、すみません。きれいに「なった」じゃなくて、きれい「ですよ」ですよ。

お姉様G: 白々しい。


ということで、またもや「あわや、自爆」というか「自爆」してしまいました。まさかこんなに短期間に2度もやってしまうとは。口は災いのもとだ・・・。

2009年1月20日火曜日

悔しさをばねに

月並みなタイトルですが、最近はこういうことが多いです。

おおごとではなくても、自分である目標を持ってやっていたのにそれがある一定の「結果」を出せなかった時には無性に悔しくなります。例えば、仕事で朝に今日やるべきことを考え、それが時間どおりにできなかった時。趣味でやっていることでも、次の級に上がれなかった時、ある試験に不合格だった時。はたまた、目標を立てたのにそれが時間的にできなくなってきたとき。

最近はそんなことが多いです。できなかったのはなぜだろうか?と考え、それが自分の時間の使い方であったり、そもそも達成しようとしていたことのコツをきちんとつかんでいなかったり、そのことをしっかり時間をとって勉強していなかったり。

時間の使い方から、コツのつかみ方から、そんなことを常に学ばされます。今更ながらですが。

*抽象的な書き方ですみません。

2009年1月18日日曜日

十割そば

今日帰り道に「十割そば」とあって、食べたかったのですが、渋滞を避けるためとりあえず都内に早く着くことを優先にしたので、あえなく「十割そば」は食べずにスキーから帰ってきましたが、どうしても食べたくなたので、近くのスーパーで「十割そば」を買いました。

この割合は、蕎麦粉の配合割合なのですが、蕎麦粉は基本的につなぎがないと、切れやすく、それで山芋などが通常使われるようです。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%95%8E%E9%BA%A6)

さて、この十割そばは、ゆで時間も長くてちょっと大変ですが、やはり重量感あって、僕は好きです。しかも、そば湯まで取れるので、そば湯もいただきました。

この十割そば、僕的にはとてもハマりそうです。

周りには師匠がいっぱい

今週は大学の時のGG君と丸沼高原にスキーに行った。今回は先週の中J先生のアドバイスを聞き、基本ずっと練習をした。今回は、かなりストイックにGG君と滑った。2日間で、リフト・ゴンドラ合わせて30~40本ぐらいは乗ったかも?

今まで力を入れないで滑っていたので、久しぶりにしっかりターンをすると筋肉痛になる。コブもちょっと練習がてらに数回入ってみた。最近のスキー場は、スキー人口が減っているものの、初心者が減っているようで、うまい人を見かける比率は結果的に上がっているように思う。

本当にきれいにスキーを滑っている人の後を、シレっとついていって、滑り方を真似てみたり、コブをきっちり滑っている人を上から見ては、イメトレしてみたり、ゲレンデには師匠がたくさん。でもビデオ撮りして見てみないと自分の滑り方は客観的には分からず。今度はビデオ撮りでもしてみたいものだ。

途中、ゴンドラで偶然一緒になった、スキースクールの先生が「スキーというものは、そして他もそうだろうが、階段状にうまくなるもので、『溜めの時期』というものがあるものなんだ。」と言っていたが、確かにそうだと思う。「熟成」の期間はとても大切なものだと思った。

と、真面目な話も一部しつつ、リフト中にはGG君とバカトークをしまくって、帰ってきた。

2009年1月16日金曜日

あわや、自爆!

忙しかった1週間が終わりました。と、その中でおととい、週末に行った信州の道の駅で買った「リンゴ」と「梨」を、会社のとある部署の「お姉さま方」にもっていきました。日頃からデータやら、何やらで大変お世話になっているから。

感謝の気持ちとともに持っていったのですが、いざ梨を出してみたら、ちょっと表面が柔らかく・・・・。

ラ・フランスなので、ちょっと表面が弱いのです。とはいえ、果物的には一番おいしいころ。

私:「あ~、表面がちょっと柔らかくなっちゃってますね~。すみません。」

お姉さまA:「いいのよ~。ちょうどおいしい頃だから!」

私:「でも、ちょっと水も出てきちゃってて、食べらんないスよね」

お姉さまB:「大丈夫よ。おいしそうじゃない。」

そんな会話が繰り広げられているなか、私は偶然にも(そして、これが悲劇のもとなのだが)無造作に周りのお姉さま方を、チラ見して、

私:「熟れてますね」

お姉さまC&D:「ほそちゃん! いま私たちの顔を見て“熟れてる”って言ったわねー!!」

お姉さまA&B:「ちょっとー!! どういうことよ!」

私:「あー、違うんです。梨が熟れてる、ってことで」

お姉さまE:「えー、熟れてるってどういうことー!」

・・・・・

ということで、大惨事になるところでした。しかし、結論は

お姉さまA&B&C&D&E:「ほそちゃんだから、許す」

ということで、一件落着とあいなりました。その横では、さらにお姉さまFが抱腹絶倒して笑っていました・・・・。


あ~、危ない!

2009年1月14日水曜日

しれっと

今日会社に行きがけにコンビニで、おにぎりを買おうとしたら、

包装が新しくなってて、「へぇ~」と思っていたのですが、

値段も、しれっと、上がってた! ツナマヨが105円→115円!

でも多分大概の人はあまり気付かないかもしれません。

どこかの国では、消費税を5%上げる、上げないで大問題になりますが、

105円から115円は9.5%の値上げですから、購買力には消費税の2倍のインパクト。

でも、気づかないものですね。


デフレ?とかいう声も聞こえますが、やはり夏までの商品市況の高騰から、ジワリと最終消費財は上がったみたいで、物価はひそやかに上がった模様(今後は、下がるでしょうが、その前に。)

2009年1月13日火曜日

SKI @ 志賀高原

この3連休は念願かなって初の志賀高原へ! 今回はkasajun先生のほか、中J、あやみちゃん、かずみちゃんの5名で行きました。中央道を通って、5時間ぐらいかけて志賀高原へ。強力な低気圧のため、暴風雪。

午後2時ごろから『一ノ瀬ファミリー』で滑り出しましたが、前が見えない暴風雪。―10度ぐらいの気温+横殴りの雪+私はフェイスマスクを忘れたことから、私は頬が凍傷になってしまいました!(昨日・今日と顔の皮がむけて痛い!)

結局、4時半のリフト終了で、その後もナイターが中止になっちゃうぐらいの、スゴイ雪でした。で結局、部屋でゴロゴロしつつ、買ってきたビールなどで宴会。翌朝の天気にかけました。

翌朝はなんと、ものすごい晴天! 『焼額山』に行きました。 前日のスゴイ雪と合わせて、ゲレンデは最高の仕上がり! 気持良かったので、記念撮影もしちゃいました! 一緒にリフトに乗ったおっさんも、「1月にこんなに天気がようて、珍しいわ(大阪弁)」だと。

この日はさらに念願の「熱燗 feat. スルメ」もしました。これは、魔法瓶に熱燗を入れて、さらにスルメも持って行き、寒いゲレンデで、熱燗にスルメを浸して飲む!という何とも風流な企画です。今までやれてなかったのですが、今回は実行できました。 ほろ酔い加減で、千鳥足になりながらのスキー。 それもまた、一興! アッパレ!!

さらに、写真もたくさん撮りました(以下添付。(R) Black Junko 2009)!
多分この日のコンディション(雪質+天気)と、このゲレンデは僕のスキー人生の中でも相当上位にくる完璧なコンディション。 これで今年の運は使い果たしちゃったかも、しれません。

帰ってきてナイターに行こうとしましたが、なんとこの日の昼にコブコースを中J先生について練習していたら、腰に来たらしく、腰痛がひどくなったため、中止。結局部屋飲みになりました。みんなもなんだかんだで、「ナイターに行かない理由」を作っていたのが印象的でした。

さて早くも3日目。この日も快晴!この日は『タンネの森』でのスキー。タンネの森は文字通り林間コース。こういうところにくるとどうしても、森に入りたくなる性格が災いし、ブッシュに入ってしまいました。そしたら、案の定そこからちょっとしたジャンプ台が出来ていて、飛んだものの、着地に失敗し、つま先方向に転倒して、顔から着地。。。 しかも同じ間違いを更にもう一回やってしまいました。 もう顔は傷だらけ・・・・。 あぁ、婿入り前の大切な顔ガー!

(以下は、晴天でウレシイダンス)
しかもその姿をkasajun先生と中J先生に完璧に見られていたらしく、大爆笑されました。くっそー。

そしてそんな楽しい時間もあっという間に過ぎ、昼過ぎに現地を出て帰京。 ところが! なんと帰る段になってまた暴風雪。滑ってる間には快晴で帰りのときだけ暴風雪なんて、すごいツイテる! そこから下って、更にツイテるのが、帰りに寄った中J先生お勧めの信州そばやは、我々で麺がなくなったため今日の営業を終了! ヤバい、今回は何事もうまく行き過ぎている! と思いながら、ラッキー☆とばかりに、おいしい信州そばをいただく。 それからは、かっ飛ばして東京へ。 途中、とってもきれいな富士山の夕焼けを見れたし、双葉SAで、無料緑茶でマッタリできたし、通勤割引で通行料が半額となり、もうツキまくっている!! しまいには、小仏トンネルで12キロあった渋滞は、われわれがそこを通過するときには、1~2キロ程度まで減ってて、ホントツキまくっている旅行でした。 車の中では、それぞれの今までにあった「イタイ話」をしながら、げらげら笑って、帰宅。
ホント、このメンバーおもしろスギ! そして、スキーは楽しスギ! 運がつきスギ! そして、顔は痛スギ! なスギーでした、っとスキーでした!

(写真は全てKasajun先生のモノです。)

2009年1月6日火曜日

花鳥風月

帰省先から東京に帰ってくるときに新幹線で聞いていましたが、ケツメイシの曲はなぜかそういう情景もしくは、どこかじっくり考えたいときに、共感を覚える歌詞を提供してくれると思います。

2009年1月5日月曜日

香港旅② ~ 1日目の終わりまで編 : 27日

九龍駅でTony, Hana-chan, Miyukiが待っていてくれて、久しぶりにみんなに会う!ウレシー!

まず黄大仙に行く。ここはお寺で、占いをやる。鉛筆立てに数字が書いたアイスの棒みたいなのがあってそれを勢い良く振って初めに鉛筆立てからこぼれおちた棒の番号が僕の占いの番号。でその札を持って、数十人いる占い師ボックスのどれかに持って行って、占ってもらう。占いボックスの占い師も「私は儲けてます」と言わんばかりの人や、地味なおじさん、「日本語で占います」を売りにしている占い師など様々。ここはTonyが広東語で話せるので、我々は「人生経験が豊富そうな地味なおじさん」に狙いをつけて占ってもらうと、僕は「自慢すると、周りの人からの助言が貰えなくなるから注意せよ」「転職は、悪くないけど良くもない」「2009年は落ちはせず、安定」とのこと。なんとなく当たってなくもない、ということで、とりあえず今年は地味に暮らしておいた方が良いのかも。(ちなみに隣ではHana-chanの恋愛相談が、スゴイことなってました!)

ちょいガックリしながら、今度はclear water bayの生簀料理のお店へ!山道をクネクネ曲がって行くと、ちょっと人里離れた所の入り江っぽいところに、小さな集落があり、その先に海に突き出たレストラン、その名も「海鮮島」!

なんとそこでは生きた魚やイカ、シャコ、伊勢海老などを現物を見ながら注文し、それを煮るなり焼くなりしてくれて食べる。青島ビールと、それらを食べながら、もうすでに僕は上機嫌。こんな食べ方、魚やイカ、伊勢海老には申し訳ないけれども、ホント全てが旨い!ビール飲みながら、茹でたエビを食うのは最高!そんな勢いでいろんな料理を食べて、初回から既に香港に魅了された。











で、その足で今度はチムサーチョイへ戻り、the 香港!的な夜景を見て、ペニンシュラホテルの噴水で記念撮影。ここで写真を撮ったら、Hana-chanもMiyuki丼も(なぜか)とてもキレイに見えました!illusion!?



そして、更に更に、甜品屋でスイーツを食べる。これも、マジウマ。こんなウマいものが、しかも安くて、これだったら毎日寄っちゃうよね。しかも、何でこういうお店が東京にないんだろう?と思った。











そして、そのままTony's residenceへ。僕は、初日から香港の食事とネオンとスイーツに3連続でknock downされました。これで、僕の香港移住化計画、決定!

香港旅① ~ 香港到着まで編 : 27日

12月26日の夜は、会社の人々とカラオケをして、飲んで食べたあと、鶯谷のDebbie邸で宿泊。

Debbie邸には、いつものdebbie先生と沢田君がいたほか、new faceも何人かいた。そこで深夜までちょっとしゃべり、就寝。翌朝5時に起きて日暮里駅へ行く、がなんと行く途中には朝6時前の暗いうちに谷中墓地を通らなければならず、かなり怖い。

ちょうど、墓地は外灯が少なくて、ちょうど黒いウィンドブレーカーを来た人が朝のジョギングをしていたが、余りに直前まで私はその人に気付かなく、思わず気づいたときにびっくりして「うわっ!」と言ってしまった。(朝6時前にお墓でジョギングするなよ~、って、そもそも本当にそれは「人間」だったのカナ? 私は霊感は極めて弱いですが。)

そんな怖い思いをしながら、無事定刻どおりに電車に乗れて、あとは成田まで1時間寝てる間に着いた。今度は成田が年末の海外脱出組の走り、みたいでちょっと混んでいたので、あと3カ月だけ有効のANAブロンズカードで、混んでいる列を横目にスイーッとチェックイン。しかもビジネスクラスが空いていたので、ビジネスに座らせていただくことに!(ラッキー☆)

そして、お土産を買っているうちに、すぐに出発時間に。私は香港行きの飛行機だが、同時刻に成田を出る広州行きに乗るカナヤン氏とちょっと話して、別れる。

席に着くと横にはビジネスマンの人と隣席。初めは話さなかったが、ちょっとしたことから話しているうちに、この方が米系カジノ会社の日本のマーケティング部長であった。日本人が年末にマカオにカジノをしに行く人のアテンドに、先発隊で香港に行く、という。

話しているうちに、仕事や人生に対しての価値観が非常に似通っていることに気づいて、どんどん話し込んでいった。いかにして自分の価値を高めるか、ということ、常に勉強し続けなければならないことなど、私より8つ年上のその方と本当に貴重なお話をさせていただきた。

当たり前だが、世の中「天才」なんてほんの一握りしかいなく、なにかすごいことを成し遂げたければあとは「努力」でしかカバーはできず、それは「秀才」。この「努力」を最後まで惜しまず、根気強くできた人だけが成功を成し遂げられるのだ、というような話をした。そして、大概の人は努力をするのだが、実は成功まで「あと一歩」の直前でみんなその努力を止めてしまい、不意にする。本当に成功する人はその最後のラストスパートにも、根気強く折れたりしないからこそ、最後まで走りぬけられるのだ、というようなことだ。精神論的な話を多くしたが、でもそれは本当にそう思うし、そのような人と話せて本当によかったと思う。

その方は、マカオのカジノに日本人をアテンドするのだけれども、香港の観光ガイドがおらず、だれか香港の土地に詳しく言葉が話せる人を探しているところだった。僕がもっと広東語が話せて、しかも香港に精通していたら、買って出たかもしれないが、残念ながら私は広東語はおろか、北京語も習い始めたばかりで、ましてや香港は初めて。「チャンスをモノにできない」とはこのことだなぁ、と悔しくと思いながらも、同時にこの方とは今後もいろいろ接点を持たせていただきたいと思った。今回の有難いオファーに私は到底応募する資格すらなく、泣く泣く諦めた。

ちなみに、行きの飛行機ではハムナプトラを見たが、内容的に先日見たRed Cliffと比較して見てしまったのだが、内容はRed Cliffの方がずっと濃いと思った。

映画を見ているうちに、あっという間に、香港に着いた。隣席のビジネスマンはそのままフェリーに乗り換えてマカオに向かった一方、私は電車で九龍へ向かった。それにしても到着フロアには早速ラーメン屋があって、食べたくなってしまったのだが、到着がちょっと遅れ、九龍駅での待ち合わせ時間も過ぎてしまっているので、とにかく九龍へ向かう~。